
病を語る文章でありながら、同時に「父との約束」を書き残す文章でもあります。
決して軽くはない記憶が、飾らない言葉で一つずつ置かれていきます。
「いないなら、おまえが先駆者になりなさい」。その言葉は単なる励ましというよりも、長い年月を越えて本人の中に残り続けた、小さな火のように感じます。
いつも笑って励ましていた父親が、ある日こらえきれずに涙を見せる。その瞬間から、文章の景色が少し変わります。支える側にも痛みがあり、愛することにも苦しさがある。それでも、親子の思いはそこで途切れませんでした。告白であり、記録であり、そして父親へ返す長い返事のような一篇です。







「救う」とは何かを、言葉ではないもので描いた、祈りのような一篇です。
世界から奥行きも色も失われ、現実と幻想の境目さえ溶けていく。その描写はとても鮮烈で、読んでいるこちらまで足元の感覚を失うようでした。
人は、苦しみの中で必ずしも答えを求めているわけではないのかもしれません。ただ誰かに「あなたの痛みを見ている」と伝えてもらうこと。それだけで、もう一度立ち上がる力が生まれることがあります。
狂気そのものを克服の物語として整えるのではなく、その只中で出会った一滴の涙が、その後を生きる支えになったと静かに語る。その姿がとても印象的でした。





雪の夜、産声を待つ小梅と、鎮守の杜でひとり祈る大地。風が止まり、再び雪が舞い始める中で大道が生まれる場面には、人の営みと自然がどこか深いところでつながっているような感覚があります。
特別な出来事を大きく語るのではなく、薪の火、雪、大根、草履、母乳、子どもたちの声――そんな暮らしの細部から、生きることそのものの温度を立ち上げていく作品です。
タイトルにある「森が生きていた頃」という言葉が、この先どんな意味を帯びていくのか。大道の成長とともに、村や森の時間がどのように動いていくのか、続きを静かに追いたくなる連載です。





微笑む。翌日は「おはよう」と言う。その次は天気の話をする。たったそれだけのことなのに、動き出す前には妙に大きな勇気が必要です。それを“静止摩擦”になぞらえ、やがて会話が転がり始める様子を“加速度”へつなげていく発想が、とても愉快でした。
しかも途中から、サッカー、ビール、待ち合わせ、タクシーと、どんどん具体的になっていく。その熱量とは裏腹に「俺はこれ、やってないからな(笑)」と本人が逃げ道を作るところまで含めて、冬ちゃんらしい可笑しさがあります。
恋愛を語っていたはずが、いつの間にか人生そのものの“動き出し方”を話している。笑いながら読めて、最後には妙に背中を押される、ユニークな対話篇です。


ー ご紹介した書き手さん











