
道ばたに咲いた、たった一輪のすみれ。
そこから名前の由来を想像し、まだ見ぬ家族の食卓をつくり、しまいには働きアリたちの恋物語まで始まってしまう。
大泉尚さんの散歩には、目的地がない。
けれど、だからこそ見つかるものがある。
歩く。見る。妄想する。
何でもない風景の隙間に立ち止まり、そこから世界を少しだけ面白くして帰ってくる。
そんな想像力があれば、日曜日は遠くへ出かけなくても、ちゃんと特別な一日になるのかもしれない。
いつもの道に咲いているかもしれない小さな花を、少しだけ探したくなる一篇です。







ぽたっ。
一滴の目薬から、母のぬくもりが蘇る。
目薬の冷たさではなく、誰かに手をかけてもらっていた記憶。
嫌がりながら、ほんとうは少しうれしくて…。
大人になってから思い返すと、あの頃は気づかなかった愛情が、こんな小さな出来事の中にも残っていたのだと気づかされます。短いからこそ、胸の奥に長く残る詩です。





誰かがいるのかもしれない。
怖いのは、大きな物音でも、はっきりとした異変でもない。
ラップのかけ方や、物の位置のわずかな違い。誰かに話せば「気のせい」と説明されてしまいそうな、小さな違和感が積み重なっていく。
その瞬間、物語は単なる“誰かがいる恐怖”から、もっと深く、もっと切実な場所へ踏み込んでいきます。
自分が見ているものを、自分自身で信じられなくなったとき、人は何を頼りにすればいいのか。日常のほんのわずかなずれから、心の足場が少しずつ失われていく怖さを描いた、静かなのに息の詰まる一篇です。





「今日は、何になさいますか?」
詩、随筆、小説、料理、酒、恋──一見ばらばらに並ぶ言葉たちは、たどっていけばすべて「ひとりの人生」という同じ根へ戻っていく。何でもない一日を拾い、眺め、もう一度愛おしむ。過ぎ去った時間さえ、書くことで再び生き直せるのかもしれない。人生そのものを一軒の店に見立て、今のあなたに合う一篇をそっと差し出してくれる、温かくて少し可笑しい「言葉のメニュー」。
今日は、どれを選びますか。





誕生日が、少し苦手だった。
四人の娘から贈られたのは、白ワイン専門店で「ひとりで呑む」ための一枚の券。けれど、ひとりで開けたはずの扉の向こうには、料理とワイン、初めて会う人たちの笑い声、そして自分でも忘れかけていた誰かに祝われる温かさが待っていた。
一人でいたい夜と、独りにはなりたくない夜。その違いを、白ワインの淡い金色がそっとほどいていく。過去の痛みまで無理に消さず、「今日まで生きてきたこと」に静かにグラスを掲げたくなる、やさしく可笑しく、じんわり沁みる一夜の物語。
ー ご紹介した書き手さん











